3月の声をきくと近所でも鶯などが頻繁に鳴きだすようになる。

以前は親父もよくそんなことを楽しみに出かけていたようだが、

八十を超して出不精になったのか、最近はそんな話もついぞしなくなった。

近所は森や林が多く、小川が流れていたりと、「ちょっと出」のできる場所が多い街だ。

海までもさほど遠くなく、健脚な親父にとってはセカンドライフにちょうどいい場所だった。

そんな親父が出不精になるのを見るにつけ、息子としては少々不安になってくる。

家にこもっていると健康面はもちろんのこと、精神面が内向きになるのが怖い。

時に嫁さんとのドライブに付き合ってもらったりもするが、一人で外出する機会が減ったことにおふくろも嘆いていた。

女性の方が社交性があるようで、おふくろはほっといてもしょっちゅう女同志で旅行に出かけており、

それに比べると留守居役の親父が年より老けて見えるのは気のせいではないと思う。

電動カートで外出する先輩諸氏の意気軒高な様子を見るにつけ、「親父にも１台」と考えた。

とは言え、いきなり買い与えても気軽に使いこなしてくれるようなタイプでもなく、本人の納得なしでの購入には無理がある。

そこで一度体験をと考えた訳だ。さいわい電動カートの販売店に知り合いがいたことから相談してみたところ、

試乗させてくれるとのことで、親父を連れて訪ねてみることにした。

横浜の専門ショップで電動カートの販売キャリアも長いことから親切に対応してくれた。

その時のことは別の機会にまた報告させてもらう。

 

とにもかくにも一回体験したことで、親父の電動カートに対するハードルは随分低くなったようだ。
横浜にあるディーカートへドライブがてら試乗に親父を連れて行って乗ってもらった。

最初は気軽に使えるように中古の状態の良いものを紹介してもらった。スズキET4D。

電動カートの名車らしく、中古の流通台数も多く、状態のいいものが15万円を切った価格で手に入るとのこと。

これを親父にプレゼントしてやることにした。
数時間待っていれば当日に私のワンボックスカーへ積み込んで持って帰れた。
待っている間は近くにある名称三渓園や中華街で食事などしてもいい。

 

購入して半月ほどして親父に会いに行った。陽気も春めいてきて、暖かい日も多くなりだした。

鶯の鳴き声はもちろんのこと、この辺りは野鳥の種類が多いのでカメラを持ってバードウォッチングにでも

出ようかと誘うつもりだった。

親父の家に行ってみるとおふくろがめずらしく留守居役だったので親父のことをたずねたら、

このところ明け方から裏の雑木林に行って、半日帰ってこないとのこと。気づくと親父の出不精は解消されていたようだ。

珍しい鳥を見つけては写真を撮り、素人写真をパソコンにため込んでインスタにアップしていると言う。

機械音痴と思っていたが、いつの間にかスマホを駆使して、ネット上で鳥仲間を作って楽しんでいるようだ。

昼飯は近所のコンビニでパンでも買って食っているらしく、おふくろの手を煩わせることもないようだ。

「ちょっと出」の多くなった親父におふくろも満足した様子。多少なりとも親孝行ができたという訳だ。

 

相当気に入った様子で、バードウォッチングをはじめ、「ちょっと出」の機会が著しく増えたようだ。

最近は親父に連絡をとるなら家ではなくスマホにしてくれとおふくろに言われた。

近くのスーパーへの買い物、新しくできた遊び仲間との会合、ほかにも「ちょっと出」の機会を捉えては

電動カートで外出しているようだ。バッテリーの調子や足回りのことを心配したら、

すでにショップに相談してアドバイスをもらっている様子。これからの楽しみが「桜」「蛍」etc。

お楽しみのスケジュールをたてて、いちいちおふくろにカートドライブの様子を報告している。

夫婦の会話も増えたようだが、おふくろの方は少々満腹気味。

それでも以前の内向きな親父に比べれば大いに満足なようで、弾んだ声で親父の様子を報告してきてくれた。

今のところカスタマイズしたいなんて言い出してはいないが、いずれ用途に合わせてオプションをつけたり、

したいなんて言い出すのかもしれない。若いころは凝り性なところもあったらしいから、

もしかしたらすでに自分なりの改造も考えているのかもしれない。私がいつも親父と口論になるのが、

車は買った状態の標準で乗るのがいいのか、自分の趣味に合わせてカスタマイズするのがいいのか、と言うこと。

私はおやじに「スズキセニアカーET4Dはいい車なんだから、あんまりいじくりまわさない方がいいぞ」と言うのに

不満たらたらの顔をしている。私がプレゼントしたものだから、今のところおとなしく言うことを聞いているようだが、中古を買ったがそのうちディカートで新車を乗り換えないか気がきだ。
セニアカー以外では「スズキタウンカートTC1A」か「ホンダモンパルML200」が人気のようだ。。

いずれにしても親父の変なやる気に火を点けてしまったようだ。

私は知っている。駐車場の脇の倉庫には若いころ使っていたポンコツな工具箱があることを。

あれが活躍すると半年後には「ET4D」は現在の形をとどめていないだろう。

その分だけ親父の寿命は延びて、１００歳までかくしゃくとしてることも十分あり得ることだ。